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ドイツ薬局便り-22

ドイツ薬局便り
22
著者
アッセンハイマー慶子

●ドイツ薬局だより-22

途切れることのない医薬品供給の大切さ

 

2018.11.06

 

今年、日本では、大きな災害が続きました。被災された方々には心からお見舞いを申し上げます。復旧作業が1日も早く終わることを願います。不幸にも負傷され、これまであまり利用することのなかった薬局を訪れた方は、日本の薬剤師のきめ細やかな仕事ぶりを、大いに評価してくださっていることと思います。そして、安定した医薬品供給が、有事の際、いかに大切かに気づいて下さることを期待すると共に、一刻も早い全快をお祈りいたします。

日本の厚労省研究班のレポートに、2011年の東日本大震災で被災した岩手県・宮城県40病院に関するものがあります。2年くらい前でしたか、その主な内容を新聞で読んだのですが、通常の診療体制が可能であったなら、救命できていたかもしれない方々がいらっしゃり、亡くなられたのは、停電による機器停止や薬不足が主な原因だったそうです。必要な医薬品さえそこにあったら、目の前の患者さんは、助かったかもしれない…。現場の医療スタッフや遺族の方々は、どんなに無念だったことでしょう。失われた命は、どのような代償を払ったとしても、取り戻すことはできません。

物質的に豊かで平和であり、疾病保険がしっかりした日本で、経済的な理由から、急に医薬品が足りなくなるとは、まず考えられません。それゆえ、医薬品が足りなくて、命を落とされる方がいるとは、想像しにくい。でも、上記のように、有事の際、必要な場所へ必要な量の医薬品供給がままならなくなることは、今後も起こり得ます。薬局や医院・病院自体が被災して、通常の業務が行われなくなったり、道路・港湾・空港などが使用不可能になり、搬送のすべなく、被災地の各薬局に必要な医薬品が届かなくなったりするかもしれません。災害が大きければ大きいほどその可能性は高まります。たとえ医療スタッフが揃っていても、いくら医師の診断が正しくても、医薬品なくして医療は成り立ちません。有事の際の医療品供給バックアップ体制が必要になってきます。難を逃れた業務可能の薬局で、なんとか急場をしのげることが望ましい。それには、各薬局が、医療用・OTC医薬品を問わず、ある程度の幅広い品揃えと量を確保しておくことが大切になってきます。同じことは、医薬品総合卸にも言えます。

ドイツでは、24時間ノンストップの医薬品供給体制を敷き、各薬局、所属地区の輪番制夜勤を行う義務があります。薬局法(Apothekengesetz)1条により、薬局は、国民への医薬品供給を確実にする義務があることを定めているからです。また、薬局営業法(Apothekenbetriebsordnung)15条により、最低1週間分の在庫を抱えることや、夜勤を行えるよう、常備しておくべき医薬品類も謳われています。注文品を取りに行くため、お客様や患者さんにできるだけ2度も薬局へ足を運ばせないための品揃えと量という観点からして、また、無理・無駄のない経営という観点から、1薬局が抱える望ましい在庫額は、平均1か月分の購入額だと、ドイツでは言われています。中規模の薬局では、10~12万ユーロ(日本円にして約1300~1560万円)くらいの在庫を抱えていることになります。この在庫額には、医療用医薬品のみならず、OTC医薬品、その他薬局で扱える製品も入っています。同15条を受け、平日夜勤・週末勤務に揃えるべき薬効グループと成分の参考リストはネットで閲覧できます。

https://www.deutschesapothekenportal.de/fileadmin/user_upload/download/arbeitshilfen/dap_arbeitshilfe_65.pdf

薬局の在庫は、少なからず多からず、ないものは、すぐに注文可能が理想です。ドイツでは、これがよく機能し、実現しているのが各医薬品総合卸です。ドイツの医薬品総合卸は、メーカーや製品の選り好みをせず、幅広い品揃えと量で薬局の業務を支えることが薬事法(Arzneimittelgesetz)52b条で定められています。また、同52b条では、医薬品総合卸に、最低2週間分の在庫をかかえることも明記しています。実際には、もっと在庫があるはずで、平均規模の物流拠点では、中規模薬局約100件分の在庫を抱えています。ドイツの大手医薬品総合卸のうち、2社は薬剤師出資による協同組合制の卸です。薬局と薬剤師の利益を第一に考え、ドイツの薬局が末永く存続できるよう、ロビー活動や広報活動も行っています。

ドイツの各薬局がかかりつけ機能を持つことができ、規模や立地条件にかかわらず、どの診療科からでも処方箋を受け付けることができるのは、これら総合医薬品卸の寄与が最大です。通常、薬局は2社の卸と提携していて、双方からの合計配達回数は、1日数回に及びます。ドイツの薬局は、インターネット販売より速く、品物をお客様や患者さんにお届けしています。

しかし、これで有事の際、何が起こっても本当に充分対応できるのでしょうか?

ドイツでは、大きな地震はほとんどなく、豪雨や雪解け水による急な増水で、河川が氾濫することはあっても、1度に日本のような多数の被災者・避難者を出すことはまれです。それに加え、日本との地理・道路事情の違いにより、迂回路の多いドイツでは、災害で道路が使用できなくなることにより、孤立地域が出ることはあまりないようです。1999年12月25日から27日にかけて、中欧から東欧を吹き荒れた嵐(Lotharという名前が付いています。)では、当地、南ドイツも大きな被害が出て、多くの道路が倒れた大木に遮られ、通行止めとなりました。この付近でダメージをうけた交通路は、完全復旧に約2週間を要しました。それでも、提携総合医薬品卸からの配送は遅れることなく、薬局に届きました。いつもと違う配送路を走った運転手さんは、2週間大変だったようです。このように、災害が起こっても、絶対に医薬品供給が途絶えることがないという保証はどこにも有りません。

偶然ではありますが、この2週間という数字は、ドイツの防災と関係があります。当国は、自国民に2週間難をしのげる飲料・食料・燃料等の備蓄を勧めています。有事の際、各自2週間持ちこたえられれば、その間に復旧や救助活動の見通しが立つからだと言われています。しかし、2週間の備蓄で充分という確固とした根拠はないようです。今年、その備蓄品リスト内容がアップデートされました。医薬品の備えに関する項目もあります。個人で必要な医薬品や家庭常備薬にも触れています。

現在、ドイツは、地続きで9カ国と接しています。過去には、隣国との戦争を多く経験しました。東西冷戦中、ドイツは、東側諸国に1番近い国でした。日本と同じように島国といわれるイギリスは、大陸とはドーバー海峡で、二十数キロを隔てただけです。対馬海峡を泳いで隣国には渡れないと思うのですが、ドーバー海峡を泳いで渡る人はいて、時々ニュースになっています。隣国との軋轢や、隣国で起こる有事は、すぐにドイツ人個人の生活にも影響しかねません。現在のように物質的に豊かで便利ではなかった時代、冬が長く寒いドイツでは、燃料・食料をしっかり備蓄するのが常だったそうです。そうしないと、冬に生き延びることができなかったからです。秋に収穫できたものをできるだけ沢山、保存食にして冬に備えることが、各家庭で大切な仕事だったようです。野菜や果物を乾燥したり、調理してビン詰めにしたり、暖炉に必要な薪を軒下に積み上げたり。自家製のジャム・野菜のピクルスやソース、冬の薪暖炉は、ちょっとオシャレで、ちょっと贅沢なものと思っていた私は、ドイツ人の義母にたしなめられました。これがなかったら、昔は冬を越せなかったのだと。

我が家の庭には、1本ですが、ボスコップという、見た目は、ちょっとブラウンで、あまり綺麗には、美味しそうには見えないけれど、生食、ケーキ・ジャム用に適した万能品種のリンゴの木があります。豊作年だと、家族5人で、生では食べきれないほどの収穫量です。秋の間、義母は、毎週のように素朴なリンゴケーキを焼き、すぐに食べきれない量のリンゴは、丁寧に皮を剝いて薄切りにし、乾燥機で辛抱強く水分を取り除いて保存用にしています。「砂糖は毒」がモットーの義母は、孫のおやつに精白糖を使ったものをめったに与えませんでしたし、今でも与えたがりません。庭で取れた冷やしたボスコップ・リンゴを薄切りにし、シナモンパウダーと、ちょっとのハチミツをかけたものが、我が家の秋のおやつです。身近な自然にあるものを最大限有効活用し、余ったものは保存可能にする。ドイツ人のサバイバル技術です。

地理や気候などの生活環境、国民性の違いでしょうか、非常時への危機感が日本とドイツでは違うような気がします。

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