融通の利かない電子処方箋
2024/07/30
ドイツでは、電子処方箋制度が本年より本格的にスタートしました。薬局側は既に2年くらい前から設備準備はできていたものの、医院・病院側での準備が遅れていました。今年より開業医院の電子処方箋対応が義務化され、1月になって急に電子処方箋数が増えました。病院部門はまだ準備中です。
初めは薬局も開業医院も対応に不慣れなため、また、患者さんへは、どのようにかかりつけ薬局が処方箋を読み取れるのか充分知られていなくて現場は多少混乱しました。
電子処方箋は中央管理サーバーに繋がった医療機関と薬局だけが扱えます。特定の操作をする際には、医師も薬剤師も電子チップのついた医療機関従事者カードが必要です。HBA(Heilberufsausweis)と呼ばれるカードです。
医院は、院内コンピューターのプログラムで作成した患者さんの電子処方箋を中央管理サーバーに送ります。この際、上記のカードを所有する権限のある人が処方箋を有効とし、ロック解除しないとサーバーに処方箋が送れません。医院がこの作業を忘れたり、時間をかけたりすると、患者さんが受診後すぐに医院近くの薬局へ行っても、薬局側で電子処方箋を読み取ることができません。
通常、電子処方箋は、これまでのピンク色の紙処方箋と同様、処方後28日間有効です。麻薬処方箋、T処方箋と呼ばれるサリドマイドや類似薬用の処方箋、医療器具類や処方用医療品(日本で言えば医薬部外品に近い分類)の処方箋は、まだ、電子処方箋対応になっていません。
KIM番号システムという方法も現在導入中で、この番号を入手した医療機関と薬局間では、医院が処方箋を直接薬局へメール転送することができ、受け取った薬局は電子処方箋の読み取りに患者さんの電子チップ付き保険証が要りません。
この新しく導入された電子処方箋制度にはメリット・デメリットがあります。
薬局側のデメリットは、処方箋業務で柔軟な対応ができにくくなったことです。取り扱った電子処方箋は24時間以内にチェックし、処方済みとして仮決済しないと保険請求できません。紙処方箋ですと、月末までにチェックして集計センターへ渡せばよかったので、手すきの時にチェックしていましたが、電子処方箋はそうはいかなくなり、業務に時間的な制約が加わります。
また、患者さんは、紙の処方箋と違って、薬局に行って目の前に箱が出てくるまで、必要な医薬品を全て処方してもらったかどうか、パッケージのサイズや容量が正しいか分かりません。紙の処方箋なら薬局へ行くまでに、自身で処方内容を確認できます。ですからレジで、「えっ?私が服用しているラミプリルはいつも5mg錠です、2.5mg錠ではありません、3剤処方をお願いしたのに、なぜ2剤だけなのですか?」と言ったようなトラブルが起こることもあります。「申し訳ないのですが、電子処方箋上は2.5mg錠になっています。3剤目は、どのお薬ですか?かかりつけの開業医院に電話をして早速変更してもらいますね。お待ちください。」というようなやり取りになります。
お待ちくださいとは言ったものの、医院がお昼休み中だったり、既にその日は診療時間を終えていたりすると変更までに時間がかかります。通常、週末の間、開業医院は休診中ですので金曜日の午後に変更が必要でも、月曜日の診療開始時間まで待たなくはなりません。変更などをお願いする際、医院が取り込み中ですと「そんなに早く変更できません!」と、怒られてしまいます。患者さんは、がっかりです。薬局へ再度来ることが難しい患者さんには、電子チップ付き保険証をお預かりし、変更後に医薬品と保険証をご自宅へお届けすることにしています。その際、お会計と服薬指導は薬局で済ませます。待っていますと言う患者さんには、他の用事があれば先に済ませて、後からまた薬局へいらっしゃることもできますと、お伝えしています。
メリットは、1度医院へ行って電子チップ付き保険証を読み取ってもらっていれば、その4半期中に、降圧剤や糖尿病治療薬など、常用服用している医薬品の処方箋が必要な場合、再度医院へ処方箋を取りに行く必要がないことです。患者さんは、電話で処方箋を希望し、電子チップ付き保険証を持って近くの薬局へ行けばいいだけです。医院から遠くに住む患者さんにとっては便利です。このせいでしょうか、必ずしも医院の近くの薬局へ処方箋を持っていかなくてもよくなりました。
電子処方箋は、紙媒体のものもあるのですが、オリジナルを保険請求に送らなくてよいので、医院や患者さんからFAX、写メールで受け付けもできます。紙媒体の電子処方箋は何度も読み取りができません。A薬局へ紙媒体の電子処方箋をメールで送って医薬品をもらい、オリジナルをB薬局へ持って行っても、再度同じ医薬品を受け取れないようになっています。
電子処方箋では何剤処方されていても、1剤ごとに処方箋が出されているような処方の仕組みになっています。1薬局で全て揃わない場合、無い医薬品を別の薬局でもらうこともできます。1枚の紙処方箋に複数の医薬品が処方された場合は、それができませんでした。
紙処方箋には1枚につき3剤まで処方できます。4剤以上処方された場合は、複数の処方箋が必要です。電子処方箋では、1剤1剤が独立した処方になっているので、紙の処方箋と電子処方箋が現在どれくらい発行されているかの比較が難しいです。処方剤数からすると、既に、半数以上は電子処方箋へ切り替わっている気がします。
これまで電子処方箋を扱うシステム障害は起こっていませんので、良く構築されているのだと思います。ただ、停電になると電子処方箋は全く取り扱えなくなります。ドイツで停電が起こることは少なく、起こっても短時間で回復しています。停電が原因で業務に大きな支障がでたことは、当薬局ではこれまでありませんでした。
と書いていたところで、読者の方もご存じのように、2024年7月19日に世界的なシステム障害が起こりました。ドイツでは、空港や、病院、銀行などで通常業務に支障がでるところがありました。病院によっては、当日予定されていた手術を中止にしたようです。当薬局が使用するレセコン会社のシステムも該当してしまいました。6台あるレセコンがメインサーバーに繋がらなくなりました。このため、薬局業務に必要なプログラムが立ち上がりません。そのうち2台に装備されている緊急用プログラムで、処方箋業務を続けることができ、システム回復までの数時間、何とか切り抜けました。その間、レセコンとピッキングマシーンも繋がらなかったので、必要な製品は、PZNと呼ばれる製品同定番号をピッキングマシーンに入力してマシーンから取り出しました。電子処方箋も、この緊急用プログラムのおかげで扱うことができました。
電子処方箋に全面切り替えではなく、緊急事態に備え、紙処方箋を扱える可能性も残してほしいと思っています。