忘れられない実習生たち
ドイツの薬局で働くには、薬剤師、薬学技術アシスタント(日本ではテクニシャン呼ばれている資格です。略してPTA)、薬学商業従業員(購入・在庫管理を担当、略してPKA)、いずれかの国家資格が必要です。
どの資格を取得するにも、薬局での実務実習が必要です。薬学生は2回生学年末までに、8週間(この実習をFamulaturと呼んでいます)、薬学部卒業後に1年間、PTAは、専門学校卒業後に半年間の実務実習が義務づけられています。PKA実習生は、薬局で3年間働きながら実務を学び、さらに週2回専門学校へ通い、関係法規、経理、ドイツ語などを学びます。中学生や高校生がトライアルウィークで1~2週間の実習をすることもあります。
当薬局は、今年開局20年になります。これまでに4人のPKA実習生、5人のPTA実習生、5人のFamulatur学生、7人の卒後薬学実習生が働いてくれました。大学や専門学校では、実習先のお世話はしてくれません。各自で実習生を採用してくれる薬局を見つけます。放課後や学期休みを利用し、実家や下宿先から通える薬局に実習生を採用する予定があるか聞いてまわるのです。実習開始半年から1年前に見つけるのが通常です。薬学実習生は、学術担当として即戦力となります。薬理学、製剤学などの最新知識を大学でしっかり学んで薬局へ来るので、とても頼もしい。PTAも質問があると薬学実習生に聞いています。
皆、勉強熱心な実習生でしたが、特に印象に残っている実習生がいます。Famulatur
学生のヴェローナ(仮称)さん。薬学部1学年を終えたこの春休みに4週間、当薬局へ通いました。他のスタッフもびっくりするほど仕事が速くて正確でした。1学年を終えたばかりなのに、課題を与えなくても自分でできる仕事を見つけたり、調べ物をしたりできました。「何をしても勉強になります、毎日楽しいです。」と言って、薬局中を動き回っていました。あら、感心!ご家族に薬学関係の仕事をされている人はいないそうですが、「薬学は幅広い学問で、面白そうだと思ったから薬学部に入学しました。」と、言っていました。若いのに、よくぞ言ってくれました!嬉しくて、思わず涙が出そうでした。
薬学実習生のトーマス(仮称)君は、身長が2メートルを超える長身でした。棚にある物を取るのに梯子がいらない。私が梯子に登っていると、たまたま、そばを通った彼と同じ高さになりました。「いつも、この高さから世界を見渡しているの?随分見晴らしがいいわね。」と、からかったら、利点ばかりでもないとか。姿勢に気をつけていないと、すぐに背中や腰が痛くなるし、一番下の引き出しを開けるため、しゃがむのは足が長すぎて大変なのだそうです。男性の実習生は、どこの薬局でも珍しいうえ、長身でイケメンだから、スタッフにも顧客にもモテモテでした。彼のご両親は薬剤師で、それぞれ薬局を1店経営されていて、お兄さんも薬剤師、妹さんがPTAという薬学ファミリーです。でも、子供は実習生として自局で働かせないのがご両親の考えだとか。甘えが出て、勉強にならないからだそうです。薬局で扱える製品には実習当初から詳しかった。OTC医薬品の相談販売では、患者さんが本当に必要なものだけを、わかりやすい説明をつけて販売しようとしていました。ある顧客のお嬢さんが1年間アジアに留学するので、救急用に必要な医薬品を揃えてくださいとの依頼があり、彼に任せたことがあります。彼らしく、いろいろな場合を丁寧に想定し、かつ、重複のない品揃えだったけれど、それなりに品目が多く、トータル金額も大きくなりそうでした。でも、彼の説明を聞いて納得したお母さん顧客は、全て購入してくださいました。お嬢さんが帰国した後も、安心して娘を海外に出せたし、役に立ったと、何度もおっしゃっていました。
11年前、PTA実習生だったディアナ(仮称)さん。パソコンのキーボードをたたく速度が抜群に速く、当時は今ほど使い心地の良くなかったパソコンソフトを完璧に使いこなしていたので、商業文の清書やチラシのレイアウトをよく手伝ってもらいました。実習開始からミスをしたことがなく、仕事は良くできるのに、いつも辛そうで、この年頃の女の子らしい明るさと元気がない。理由を聞いたら、離婚したお母さんのことでずっと悩んでいたそうです。新しいパートナーを見つけて離婚したので、お母さんのところへは一緒に行きにくい。お父さん1人では何かと大変なのではと、お母さんと別れることになったのが母親には理解できず、1度妹と共に会いに行ったらドアを開けるなり、「2度と来ないでちょうだい!」と、言われ、バーンとドアを閉めたまま会おうとしないので、心に深い傷を負ったそうです。「母親が許せない。」と、涙ぐむので、「たとえひどいことをされたとしても、親を恨んで幸せになれないよ。」と言ったら、「こんな母親でもですか?ふーん…」その日は、1日中考え込んでいるようだったので、そっとしておきました。次の日、大丈夫かな?出勤できるかな?と心配していたら、翌朝の「おはようございまーす」の元気のいいこと。「店長の昨日の言葉、納得いきません。」なんて言われるのではないかと思っていたので、ほっとしました。
ところで、ドイツの薬局実習生は、お掃除をしたがりません。先輩や店長が掃除や片付けをしようとしても、手伝いましょうかとか、代わりますとかほとんど言いません。勉強(実習)に来ているのだし、掃除担当員が雇われているのだから、自分たちがする必要がないと考えているようです。でも、これまでに2人だけ、「これは、店長のすることではありません!」と、言って、私の手から手箒とちりとりを奪い取った実習生がいました。
実習期間は、長いようであっという間です。「実習生でも教えてもらうのでなく自分で学ぶ」が基本のドイツですが、つぎの就職先で困らないよう、どのように指導したものかとよく悩みます。私が実習生だった時は、ドイツ語もあまりできず、ドイツ薬局の仕事の仕方など全くわかりませんでした。雇ってくださった薬局は、さぞ苦労したことと思います。実習生を指導するのは大変だと思う度に、自分の実習生時代を思い起こします。