箱だし調剤のドイツ
日本には「箱だし」という言葉があると知ったのは、数年前のことです。それまでは、日本でドイツの薬局事情や調剤業務について講演するたび、「ドイツでは大箱を開封して処方された量を取り出さず、処方されたサイズの医薬品パッケージを添付文書の入った箱ごと患者さんにお渡ししています。」というような、回りくどい説明をしていました。「計数調剤ではなく箱だしです。」と言えばすっきりして、わかりやすかったのにです。同年、ドイツに住んで以来、初めて大学の同窓会に出席することができ、元クラスメートと仕事の話になりました。ドイツの調剤業務について前記のような説明をしていたら、「ドイツは箱だし!?それは時間がかからなくていいわね。日本も箱だしにならないかしら。」こちらも、「箱ごとお渡しすることを箱だしって言うの!?知らなかった!」と、双方びっくりでした。
そこで今回は、ドイツの箱だし調剤についてお話しいたします。
箱だし調剤のメリットは、処方箋業務時間(主にピッキング時間)の短縮、計数・取り出しミスの減少、在庫管理業務と在庫経費の軽減です。ドイツ薬局の在り方を大きく変えた2004年の医療費抑制政策導入後、各薬局は業務の効率化を進めてきました。どうすれば、患者さんへの服薬指導とスタッフの勉強や調べものといった学術業務に、もっと時間が割けるかを考えてきました。もともと箱だし調剤でしたので、ピッキング業務にさほど時間はかからなかったのですが、この業務ももっと短縮化してしまおうと、今では、ドイツの薬局の約20%がピッキングマシーンを導入していると言われています。処方箋業務の流れは次のとおりです。
・患者さんから受け取った処方箋をレジでスキャン
・在庫がある場合はピッキングマシーンがレジ(付近)まで取り出し
・注文品なら、即時に提携卸の在庫状況を画面に表示
・同時にレセコンが会計をし、自己負担額を表示
このように、ほぼレジから離れずに処方箋業務ができます。計数調剤にかからない時間を患者さんとの対話・服薬指導に充てています。多剤処方でも、患者さんが集中する時間でも、ピッキングマシーンが短時間で取り出してくれるので、患者さんをお待たせすることもあまりありません。大きな薬局でも待合室はありません。
ドイツでは医師が処方箋上に指示した場合を除き、大箱を開封しての計数調剤は禁止されています。第一の理由は、医薬品価格の点からで、医薬品価格法(Arzneimittelpreisverordnung略してAMPreisV)に触れるからです。ドイツの医薬品保険請求薬価は、1錠、1mL、gといった単位ごとではなく、各製品、箱ごとに価格が決められています。医療用医薬品では、メーカーが卸への出荷価格を決めた時点で、卸から薬局への出し値、薬局の保険請求価格が自動的に決まります。薬局が大箱を開封して小出しにすることは、この公定価格を守らないことになり違法となります。一般に大箱の方が、単位あたりの仕入れ価格が低くなりますが、この差額を利用して薬局が利益を大きくすることを禁止しているのです。
通常、医薬品は、投与期間や適応症に合わせ3サイズ製造されています。小さい箱からN1、N2、N3と表示されています。製品にもよりますが錠剤入りの箱なら、だいたいN1は1~20個、N2は20~50個、N3は100個以上です。例えば、ジクロフェナック75gm徐放錠(もしくは徐放カプセル)はN1が20錠、N2が50錠、N3が100錠と決められています。同成分・同剤形で同じ数量なのにメーカーによってサイズが違うことがないよう、法律で定められています。
処方箋内容により、例外的に計数調剤が認められている場合は、主に麻薬中毒患者へ代替治療薬が処方された時です。通常、最長1週間分が処方されます。例えば、塩酸メサドン1日120mg、1週間分が処方されたとします。ドイツでは、塩酸メサドン5、10、20、40mgの錠剤があり、箱サイズはそれぞれ、20錠(N1)、50錠(N2)、75錠(N3)入りがあります。薬局では、40mg錠を21個、薬袋に入れてお渡しします。この際、どの箱サイズをいくつ注文するかは薬局が選択しても良いことになっています。
また医薬品は、添付文書付でないと流通できないことが、ドイツ薬事法11で謳われており、添付文書に記載されるべき項目も定められています。この点からも、大箱を開封して必要量だけお渡しすると不都合が生じます。
もし日本で、完全な箱だし調剤へ切り替えをするとなれば、生産・流通ライン、薬局の構造、薬価、処方方法など、行政・メーカー・総合医薬品卸・医師会・薬剤師会が合同で新しい制度を大構築することになるのでしょうか。既存の制度を1、2の3で変えられませんが、日本の薬剤師に時間の余裕ができ、職能を余すことなく発揮できる職業環境を整えるには、箱だしも1つの方法ではないでしょうか。医薬品の有効性・安全性の向上にもつながると思います。日本で、箱だしの検討が進むことを願っています。