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ドイツ薬局便り-32

ドイツ薬局便り
32
著者
アッセンハイマー慶子
● ドイツ薬局便り-32
ドイツのFFP2マスク配布政策

 

2021.01.12

 

日本の皆様、新年明けましておめでとうございます。新型コロナ禍が1日も早く終息して、将来に対する不安のない日常に戻ることを願います。

新型コロナ禍中、頻繁にメディア出演しているドイツ政治家の1人が、連邦健康省大臣のイェンス・シュパーン(Jens Spahn)氏です。これまで薬局に対し好意的ではない医療政策を行っているので、薬局従事者には、ことさら人気が悪い。2020年のクリスマスが2週間に迫った12月9日、同大臣は全国の薬局長が思わずのけぞってしまうような政策発表をしました。新型コロナウイルスの感染者が増加の一途をたどり、感染による死亡者が春の第1波時より多いことを重く見、国内に約2700万人いるという60歳以上の高齢者や慢性疾患者を含むリスクグループへ、FFP2マスク(注釈1)を合計15枚、薬局を通して配布するというのです。それも、12月15日から。準備に1週間もないではないですか。クリスマス休暇を控え、12月の薬局では調剤業務が増え、どこも大忙しです。そこへ政府から、この突然なマスク配布の発表。何の予告もなしにです。シュパーン氏は、「ドイツの地域密着型薬局(Vor-Ort-Apotheke、直訳は現地の薬局という意味)は、これまで大変頑張ってくれており信頼がおけます。マスクは薬局で配布するのがいい。できればドイツ製のマスクを調達してほしい。」と言うようなことも付け加えていました。全く勝手なものです。

告示により、該当者は2020年末までに、まず3枚の無料FFP2マスクを最寄りの薬局でもらうことになりました。1人が複数の薬局でマスクをもらわないよう、受け取り時に身分証明書を提示し、住所・氏名・生年月日を書類に記入し、サインをすることになりました。該当者には、その後、加入している疾病保険会社から2枚のクーポン券が郵送されます(写真1)。1枚につき6枚のマスクが入手できます。第1クーポン券は、2021年2月末まで、第2クーポン券は2月16日から4月15日まで有効です。マスク受け取りの際は、自己負担分を2ユーロ薬局へ支払います。

この政策発表の次の日、出勤したスタッフの第1声は、「店長、マスクの準備は15日までに間に合うでしょうか?」でした。「大臣が全薬局に期待しているのだから、不手際は許されない。ここで、ドイツ全かかりつけ薬局の底力を見ていただきましょう。緊急時にこそ、薬局は国民のためにあるのだから。」と、意気込んで見せたのはいいのですが、不安になりました。本当に間に合うのかしら。

地域住民の中には、発表の翌日からマスクがもらえると勘違いした方が多く、この日は営業開始時間から、来局したり問い合わせの電話をかけたりする人が続出でした。準備第1日目から薬局では混乱を極めてしまいました。年末までの最高必要量だけで、全国約8100万枚、平均規模の薬局なら1店舗あたり約4000枚は必要な計算です。秋頃からFFP2マスクを購入するする人が医療関係者意外でも徐々に増え、ある程度の在庫は、どこの薬局にもあるものの、大量配布には当然足りません。遅くとも翌々日に配達を約束する販売業者3社に注文して危険分散し、何とか15日までに想定必要数を揃えることができました。

各連邦州の薬剤師協会や薬剤師組合は、告示後、早速対応策を練り、サインする書類の見本や配布に役立つポスターやチラシを準備してくれたので、必要なものを当日までにダウンロードし、コピーして活用することができました(写真2)。

2020年末までのマスク調達に必要な資金は、国から薬局夜勤・緊急当番ファンド(注釈2)を通じて各薬局に振り込まれることになりました。2020年7月から9月の4半期に調剤した医療用医薬品のパック数(ドイツは箱だし調剤です)に応じ、1パックあたり2.5ユーロが年内に各薬局へ支給されました。クーポン制になると、配布数に応じてマスク1枚あたり6ユーロが薬局へ支給されます。

初日、当薬局へは500名くらいの方がマスクを受け取りにみえました。時々列ができることもあり、マスクだけが必要な方には、入り口とは別に特別窓口を作ってお渡しました。薬局の入り口前、左右にテーブルを用意し、事前に書類へ必要事項を記入してもらい、列が長くならないよう、薬局にいる時間が長くならないよう工夫しました。感染予防上、薬局内へ入る人数をできる限り少なくし、すばやくマスクを受け取れるようにする必要がありました。顧客カードをお持ちの方は、記載事項がわかっているので、サインだけで済むようにしました。来局者が使用したボールペンと書類を挟んだボードは、回収後すぐに消毒し、次の使用に備えました。来局者の中には、「あのう、自宅近くの薬局はマスク準備中なので、もらえなかったのです。ここでマスクをいただいてもかまわないでしょうか?」と、正直に丁寧に尋ねる方もいらっしゃり、思わず微笑んでしまいました。返事は、もちろん、OKです。

マスクの注文が間に合わなかった薬局があり、配布初日は足並みが揃わず、残念ながら全薬局一斉配布とはなりませんでしたが、多くの薬局でマスクを手にした方々が喜んで下さったと思います。大都市の薬局の前では、朝早くから長蛇の列ができたところもあり、多くのテレビ局や新聞がこの様子を報道しました。まるで大事件を扱うような報道の仕方でした。

マスク配布の任務を受け、かかりつけ薬局は、その頑張りと存在感をさらに示すことができたと思います。国と地域住民の信用を損なわないよう、2021年も新型コロナ感染拡大阻止に、真剣に取り組む年になりそうです。

注釈1:FFPマスク

試験用エアロゾルのフィルター率が少なくとも94%以上のものをFFP2、少なくとも99%以上のものをFFP3と格付けしています。EU圏内で使用する医療用製品には、EU規格に合格していることを示すCE認可番号取得が義務付けられています。

注釈2:薬局夜勤・緊急当番ファンド Notdien- und Notdiestfonds (NNF)

全国の24時間医薬品供給体制を安定させるため2003年に設立され、ドイツ薬剤師協会(DAV)が運営するファンド。医療用医薬品1箱あたりの薬価には、夜勤手当が21セント含まれています。これをファンドが徴収し、夜勤回数に応じ4半期ごとに各薬局へ還元します。処方量により変動しますが、現在1夜勤あたり約290ユーロが支給されています。同ファンド設立前は、地区の薬局が輪番制で夜勤・週末・祝日勤務を特別報酬なしで行っていました。

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