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ドイツ薬局便り-37

ドイツ薬局便り
37
著者
アッセンハイマー慶子
● ドイツ薬局便り-37
ファーブルとパッチテスト

 

2021.09.16

 

小学校か中学校の時だったか、はっきり覚えていないのですが、ファーブル昆虫記の抜粋が国語の教科書に出ていた記憶があります。虫のお話なのに楽しい・面白いと思いました。小学校の図書館にある偉人伝集に、エジソンやキュリー夫人と共に名前を連ねるジャン・アンリ・ファーブル(1823-1915)は、自らパッチテストをして毛虫の毒性実験をしたことがあります。フランス文学者・作家の奥本大三郎氏が新完訳されたファーブル昆虫記10巻(各巻上下合わせて全20冊)の第6巻下23章に載っています。新完訳版が出るとの広告を日本の新聞で見るまで、ファーブル昆虫記がこんなに沢山の本からなっているとは知りませんでした。

 

ファーブルのパッチテストの対象になったこの毒毛虫、マツノギョウレツケムシ(学名:Thaumetopoea pityocampa)という名前がついています。松の木の葉を食い尽くしてしまうだけでなく、毛虫が移動の際に撒きちらす毛が人や動物に触れると重篤な皮膚炎を起こす要注意の害虫です。フランスとはライン川を挟んでお向かい・お隣の当ドイツには、この毛虫ではなくオーク(楢)の葉を食するThaumetopoea processioneaがいます。フランス毛虫と同様、この毛虫に触れると重篤な皮膚炎を起こします。似たような毛虫なのに仏独で、このように食性が違うのが不思議です。同じ科の植物ならともかく、松と楢では随分お味が違う気がします。非科学的ではあるけれど、両国の食文化の違いが毛虫にまで出ているのではと思いたくなってしまいます。

 

散歩や庭仕事で、うっかりこのドイツ版毒毛虫に触れたり、それとは知らず毛虫の巣の下で落ちてきた毒毛を皮膚に付着させたりして、ひどい皮膚炎を起こし、OTCステロイド軟膏や抗アレルギー錠を買い求めにくる方が毎年何人か当薬局へもいらっしゃいます。この毒毛は強烈なかゆみと痛みを引き起こし、皮膚には小さく膨れた赤い発疹が沢山出ます。

 

ファーブルはマツノギョウレツケムシの脱皮殻から溶剤で抽出液を作り、吸取紙にしみこませ、それを自身の腕に張り付けておいたら皮膚に炎症が起きたことを昆虫記に記しています。炎症を抑える植物はないかとパセリやスベリヒユを潰して皮膚に塗り、痛痒感が和らぐかどうかの実験もしています。約百数十年も前にパッチテスト(もちろんそのような名称は当時なかったと思うのですが)という発想があったのが尋常でないと思いました。

 

完訳ファーブル昆虫記の新刊が出るたびに日本の母が送ってくれ、これは面白いという章を子供たちと一緒に読んでいたところ、当時小学校低学年生だった次女が大の昆虫好きになってしまいました。学校の校庭や庭で見つけたイモムシやカタツムリなどを飼育すると言って、キッチンの食材保存用プラスチック容器が、どんどん飼育箱に変わってしまいました。次女が校庭でイモムシを見つけた際には、担任の女性の先生が気持ち悪がらず・嫌がらず、何か容器を探し空気穴を開けて家に持ち帰らせてくださいました。子供の興味を大切にしてくださる先生のお気遣いが、とても嬉しかったものです。しかし、困ったのは餌です。食性がわからないと何を与えて良いかわかりません。冷蔵庫の野菜や庭の木の葉をいろいろあげながら、「イモムシさん、あのね、好き嫌いしていると早く大きくなれないのよ。」と、大人たちに言われていることをそのまま虫に話しかけている次女を見て、吹き出しそうになりました。イモムシには、それぞれ食性というものがあって、偏食をしてもいいのだとは食育上とても子供には言えません。その次女も今年無事ギムナジウム(4年制の小学校に続く8年制の小・中・高一貫学校)を卒業し、ドイツでは大学入学資格を得るために必要なアビトゥーアという試験も済ませることができました。イモムシを飼育する興味は時が経つにつれ薄れてしまいましたが、今でも知らない虫を見つけるとスマホで写真を撮って、その虫の名前をネット検索しています。

 

ファーブルが研究所を兼ねたアルマスという庭付きの家が記念館になっているというので、訪ねるべく10月末からの秋休みを利用して家族でフランスへ出かけたことがあります。ここ、ロッテンブルクからフランスのオランジュまでは車で9時間くらいです。2011年のことでした。ところが、現地の下調べ不足だったのが災いしました。着いてすぐに記念館へ行けばよかったのですが、残念なことに1日違いでアルマスには入れませんでした。市内観光をしている間に11月になり、春まで休館になってしまいました。でも、そのお向かいの新記念館・お土産店は開いていて、ファーブルの足跡をたどることができました。若い学術員の方にいろいろ質問しようとしたのですが、英語を話せますと言いながら帰ってくる答えは全てフランス語なのでチンプンカンプンです。必修科目のフランス語を学校で習った主人と第6学年から第2外国語のフランス語を習っている長女が頼りです。ただ、お土産店のおば様だけは、売り上げがバイト代に影響するのか、笑顔で一生懸命、それも非常に親切に英語を話してくれていたのがフランスでは珍しく(英語が話せるのに理解できるのに、自国語しか話したがらないフランス人は多いのです)、良い意味で驚いてしまいました。

 

その時期、イタリア北部やフランス南部では大雨が続き、大きな川が氾濫し洪水の大被害が出ていた時でした。これも行ってから知ったことで、下調べ・情報不足でした。サミットが南仏のニースであり、テレビのニュースは洪水とサミットのことばかり。帰りの高速道路は大増水したローヌ川沿いを通るところがあり、時間はかかるけれど大事を取って内陸の県道を使うべきか、出発直前まで主人と話し合いました。少しでも早く帰れる方がいいからと、行きと同じく、帰りも高速道路を使うことにしたのですが、車から川が見えるたびに不安になりました。今にも溢れだしそうな水位です。しばらく走り、川が見えなくなってホッとしたところ、サミットの護衛・警備の任務に就いていた警察官の帰省キャラバン隊に遭遇しました。私共が走っている車の前は、警官を乗せたパトカー、バスやトラックだらけです。次女が「ママ、お隣を走っている車に乗っている警察官の1人、両足を前の座席に乗せて、つまようじをくわえて寝ているの。お行儀悪いわね。」と言うので見てみたら、皆さん緊張の続く長い任務でお疲れなのでしょう、追い越し際に見える横の走行車のどの車にも仮眠中の警察官が乗っています。主人が「この中にはフランス特別機動部隊員もいて、非常事態が発生すると、動くものは子供でもマシンガンでハチの巣にするんだぞ!」と脅かすから、「あーら怖い、どんどん抜いちゃいましょう」と、スピードを上げて追い越していったのはよかったけれど、次のドライブインで買い物をしている間に追いつかれてしまいました。娘たちを車に残し、主人と二人、売店で昼食を買って車に戻ってみたら子供たちの様子が変です。どうしたの?と聞くと、次女が目だけを左右に動かして「ほら見て、フランス警察の車に四面を囲まれちゃった。ハチの巣になるといけないから私たち動けない…」と。よく見たら広大な駐車場が、いつの間にかフランス警察の車だらけになっています。こんなに多く警察の車が並んでいるのを実際に見たのは初めてです。「あなたが余計なことを言うから子供たちが怖がってしまったじゃないの!」と目を吊り上げる私に、主人は「いやあ、悪かった、悪かった。」と笑っています。また追いつかれないよう、ハチの巣にされないよう、帰宅を大急ぎにした我一家でした。

 

さて、メルマガの題から随分話がそれてしまいましたが、パッチテストと言えば、当薬局では最近、随分考えさせられた出来事がありました。ある皮膚科医より、既成のものが入手できないので、パッチテスト用に塩化ベンザルコニウムの1%テスト溶液を作ってくださいと依頼され調製しました。この薬品名を聞いて、中学校時代、給食時間の前に薄めた塩化ベンザルコニウム溶液で教室内の机を消毒していたのを懐かしく思い出しました。ところが後日、そのパッチテストの結果を聞いて驚愕しました。患者さんは皮膚に穴が空くほどの炎症を起こしたそうです。思わずファーブルのパッチテストの話が頭に浮かびました。念のため、原液と5%溶液を自分の皮膚に塗布してみて、刺激性がないかだけは薬局内で試してお渡ししたのですが、精密に1%溶液を調製することだけにとらわれていました。この薬品について事前にもっと調べておくべきではなかったかと反省しています。用途によっては、0.0025%というような低濃度で使用される薬品です。患者さんが、どんな製品を使ったがために塩化ベンザルコニウムへのアレルギーの疑いが浮上したか、医師に訊ねておくべきでした。アレルギー反応のあるなしを視るのなら、1%よりさらに低濃度の溶液でも充分な反応が出たのではないかと思っています。

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